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豆腐物語2


豆腐物語

日本人は、本来農耕民族だと言われているが、近年の食傾向はどうも狩猟民族的な食に移行した感がある。しかも、元来、多めに摂取していた塩分に加え、脂肪と化学調味料の取り過ぎ、そしてカリウムの多い野菜の摂取不足が、私たちの健康にとって心配の種になってきている。栄養的に言えば、日本人は昆布・わかめなどの海藻類、里芋・サツマ芋・大根などの根菜類、玄米・大豆・小麦・そばなどの穀類、梅干・小魚・ごま・青菜などを食べていれば十分だと私は信じている。中でも、タンパク源について考えてみると、豆腐の素、大豆には特筆すべき点がある。

大豆には、枝豆・いり豆・青豆・みそ・醤油・白絞油・納豆・豆腐製品・きなこなど大変な多様性がある。また栄養面では、植物性のタンパク質やリノール酸が豊富で、このリノール酸はビタミンFに分類される不飽和脂肪酸の一種で、LDL(低密度リポタンパク)悪玉コレステロールを身体にためないという素晴らしい性質を持っている。

人類の将来に心配される食料危機を救うのは、玄米・大豆・そばなどの穀物食以外にないと言われているが、ここに大豆が名を連ねているのは、そのタンパク源としての価値を認められてのことだろう。

肉や乳製品から摂取できる動物性タンパク質は、戦後タンパク源の王様のようにもてはやされてきた。しかし、牛なら広い牧草地と同時に時間や手間も掛かり、牛肉に処理される段階でも、冷凍、塩蔵など保存に労力を要し、大豆のように乾燥貯蔵というわけにはいかない。

2050年には、世界の総人口は百億人と推されている。人口の爆発的な増加に対して農地の使用面積当りのタンパク質素材としての牛肉と大豆に見る収量比は、牛肉を100とすると、大豆は320パーセントにも及ぶ。もちろん、これはタンパク質の素材としてみた場合の数値であって、厳密にはそこに含まれるタンパク質の質、量ともにこの限りではない。

しかしながら、大豆を他の穀類と複合的に摂取することで、その小さな豆粒が牛肉のタンパク質に匹敵する潜在力を秘めていることを、やがて訪れる食料の末期的な状況、そして耕地面積の問題とリンクさせて考えれば、牛肉を食べてのうのうとしていられる時代は終わったと気づくべきではないだろうか。

自給自足が本来の姿である農業には、こういった面が備わっており、こんなに狭い日本の国土に世界に類を見ないような1億人もの人間が暮らしてこられた理由でもある。猟師が暮らすのに山二つ、牧畜で暮らすのに2ヘクタール、一家四人で田畑で農業をやって暮らすのに2反である。もちろん、近代になってそんなばかなことは言っていられないが、人口が多くても楽しく暮らしていくためには農業が大切であり、大豆を作らないかぎり資源を有効には使えないのである。

日本人は、お米をご飯・酒・酢・みりんなどとして、小麦はうどん・そうめん.ラーメン・パン・ケーキなどとして、前述の大豆の多用性を含め、食文化の基礎としている。これは、私たち日本人の食文化が穀物中心であることの証であることに他ならない。


湯豆腐(鍋物用)の凝固剤について


湯豆腐の作り方を大別すると、「鍋の水が冷たいうちに豆腐を入れる」作り方と「鍋の水が沸騰してから豆腐を入れる」作り方がある。多いに議論が分かれるところでもあるが、あなたはどちらの作り方だろうか。

この湯豆腐の作り方については、色々な考え方があるが、最も有力な説は凝固剤の種類と凝固温度の問題に基づくものである。ここで、この問題のキーを握る豆腐の凝固剤、ニガリについて考えてみたいと思う。

まず、前々章でも触れた、凝固剤の変遷により生まれてきた問題を振り返ってみよう。

第二次世界大戦まで、ほとんどの豆腐屋がニガリ(海水を天日干しにして煮詰めてから塩分(NaCl)だけを取り除いたもの)を凝固剤として寄せ豆腐を作っていた。

しかし、ニガリの中心的役割を果たす塩化マグネシウム(MgCl)は、マグネシウムを照明弾などの軍用に使うため、国家の管理による統制品になってしまい、代わって硫酸カルシウム(CaSO4)が使われることになった。

この硫酸カルシウムは、塩化マグネシウムと比べ豆乳の凝固反応が緩やかなため、例のソフト豆腐ぶっこみ豆腐の製造を可能にしたのである。また、硫酸カルシウムは豆腐の温度が高くても凝固させ易いことから「汐(しお)を振る」という寄せ式の面倒さが簡単でスピーディなソフト豆腐に取って代わられた。しかし、これは、寄せ敷を比べると水ごと固められる水っぽい豆腐の始まりになってしまうことになった。

ソフト豆腐の問題点としては、水っぽさだけではなく、硫酸カルシウムの味のなさ、はっきり言えばそのまずさ、も挙げることができる。ニガリは、その名のごとく、そのままではとても口にできる代物ではない。しかし、豆乳のタンパク質とマグネシウムの金属陽イオンは、双方が反応し豆腐になると、残りの多種の微量元素(ミネラル)とともに豆腐自体を甘い豊かな味に変える。本来の豆腐の旨さはここに存在する。

ところが、硫酸カルシウムは失敗することが少なく豆腐の丁数を多くでき、またスピーディな凝固方法であるため、戦後ニガリが豊富に出回るようになっても、依然として使われ続けた。この経緯の下、硫酸カルシウムが戦後も凝固剤として不動の地位に居座り続けたのは、豆腐屋の堕落でなくして何と呼べるのだろうか。

それはまた、確実に多くの豆腐を生産するために、凝固剤(硫酸カルシウム)の総量を、豆乳を豆腐に変化させるための必要量よりオーバーさせてしまう結果をも招いたのである。豆乳のタンパク質や糖質の固まりの外郭には、本来小さなマイナス(-)電気が滞留し、凝固剤の陽イオンのプラス(+)電子と一致しているのだが、この関係が凝固剤のオーバーによってアンバランスになってしまうのだ。(本来の総量と豆乳のタンパク質の割合そして重量を計り、純粋な塩化マグネシウムのモル係数を計算すれば、簡単に適量が分かる)

この余った凝固剤は、タンパク質を固め、アミノ酸を分解する力を持ったままあなたの食卓、もしくは鍋に混ざり込んでくる。もし、豆腐パックに残った豆腐の汁を寄せ鍋に入れれば、魚や肉から染み出た旨味(アミノ酸:タンパク質の構成要素)は固まって、この旨味は破壊されてしまうのである。誰もが一度は経験したことかと思うが、寄せ鍋に豆腐を入れた瞬間に、まずくなってしまう原因はこれである。

そこで有能な先人は、経験を通じて、そのまずい凝固剤を取り除くために水から湯豆腐を作ったのだと考えることができる。その証拠に豆腐百珍や豆腐料理の本などを読むと分かるが、豆腐を水から煮るようになったのは、第二次世界大戦以降である。そして、京風の湯豆腐のみで昆布以外野菜などは入っていない食べ方が主流になっている。しかし、凝固剤の余りと共に豆腐の旨味がしみ出てしまっていることは否めない事実である。

ざっと凝固剤の特徴を見てきたが、これらの凝固剤はその種類によっって凝固温度が異なるので(この問題についての詳細は、複雑なため後章に譲るが)、湯豆腐に使う豆腐の凝固剤の種類によって「水から入れるか」「水が沸騰してからか」も異なるのである。

居酒屋へ行ってメニューを見て欲しい。他の鍋物が堂々と名を連ねる中、湯豆腐は隅に申し訳程度に書かれている。食べる方も、つい見栄が出て高い他の鍋をたのんでしまう。所詮、湯豆腐は湯豆腐なのかも知れないが、実際には豆腐料理の中でも最も作るのに神経を使う料理だということをこれでご理解いただけたのではと思う。さて、次項では、実際の湯豆腐の作り方を紹介しよう。

*硫酸カルシウムはうまくない。化学記号で記すとCaSO4である。しかしCaSO42H2Oの正体を知ったら、あなたは口から心臓が飛びだすほど驚くだろう。2価の水(2H2O)がくっつくことで硫酸カルシウムは、石膏・・・あの美術の時間に使った白い粉末になってしまうのだ。骨を折ったときに世話にあるあのギプスである。犯人の足跡を形どる石膏だ。

うまいはずがない。



「おいしい湯豆腐」の作り方


繰り返しになるが、豆腐の凝固温度と凝固剤の種類は豆腐の質を決定する。それはまた、湯豆腐の作り方にも影響する。例えば、塩化マグネシウムを中心としたニガリで固めてある豆腐であれば、鍋の湯が沸騰もしくは80度以上繰り返しになるが、豆腐の凝固温度と凝固剤の種類は豆腐の質を決定する。それはまた、湯豆腐の作り方にも影響する。例えば、塩化マグネシウムを中心としたニガリで固めてある豆腐であれば、鍋の湯が沸騰もしくは80度以上にになってから豆腐を入れることが望ましい。流酸カルシウムが中心の豆腐の場合は、鍋を火にかける前、つまり水のうちから豆腐を入れてゆっくりと沸かすのである。

凝固剤の種類がわかれば、あなたは湯豆腐をどのように作るか適切な判断を下すことができる。しかし、ことはそう簡単に運ばない。豆腐のパッケージには、添加物表示が次のように記載されているはずである。

添加物:硫酸カルシウム・塩化マグネシウム・グルコノデラクトン
消泡材:シリコンまたはグリセリン脂肪酸エステル


このように現代では、硫酸カルシウムと塩化マグネシウム、そしてグルコノデラクトンを併用している豆腐が殆どなのだが、その割合が記載されていないのであれば、本当に美味しい豆腐を作るのもままならないということになってしまう。

豆腐の凝固温度と凝固剤の種類がうまい湯豆腐作りには重要であるのだから、凝固剤の割合と凝固温度が明記されていてしかるべきなのに、それがなされていない。これは豆腐屋の消費者に対する欺瞞である。その豆腐の氏素性がわからない限り、料理方法も決められない。

ともかく、過剰の凝固剤が含まれている豆腐は、余剰分の凝固剤を抜くためには低温水から徐々に温度を上げるべきで、ニガリを使用してそのニガリと豆乳の量がぴったりの豆腐の場合は、80℃のお湯から始めるのが正解なのであると思う。

パッケージへの記載事項が改善されるまで、消費者は豆腐のパッケージに残っている豆腐の汁を実際になめてみる以外なく(苦味と甘味を覚えて欲しい)、苦ければ水から、甘ければお湯からということで、判断材料にしていただきたい。

湯豆腐は、豆腐の質だけで決まるというものではない。主役の豆腐をバックアップする脇役たちの演技も湯豆腐を美味しくする重要な要因になってくるのだ。

まずは昆布である。なぜ昔から湯豆腐にコブなのだろうか。昆布なら何でもいいというものではない。同じ昆布でも、水溶性の食物繊維アルギン酸の多く含まれるだし昆布、真昆布、はぼまい昆布などを選んで欲しい。アルギン酸は、低温の真水によく溶けて豆腐の旨味が抜けないように、豆腐の表面を保護する力を持っている。単なるグルタミン酸のだしの味だけではないのだ。

さらに、アルギン酸は豆腐汁に含まれるサポニンと協力し、主役の豆腐をゆったり緩やかに優しく包み込み、柔らかく温度を上げることができる。そのためには、出し昆布を入れてあのヌルヌル(アルギン酸が多く含まれている)が出るような時間を取ってから(真水の冷水に浸しておく)沸かすべきである。

さて、誰でも一度や二度は経験があると思うが、豆腐をあまり煮過ぎると固くなり、「す」が入ってしまう。何か効果的な対処方法はないものだろうか。

ということで、次のポイントは塩である。天然塩。

豆腐は塩分(NaCl)を入れれば、固くなりにくく、「す」も入りにくくなる。前述したように、海水から水分と塩分と取り除いたものがニガリとして使用できるのだが、海水のままでは豆腐を作ることはできない(沖縄では作っているのだが)。ひとつかみの塩があれば、60リッターの豆乳は、普通の凝固剤では固めることができない。

湯豆腐を煮過ぎると固くなるのは、残っていた凝固剤が温度を上げることによって強力になってしまうためである。また、野菜を入れると野菜のカリウムが反応し、「す」が入ってしまう。

しかし、塩分が豆腐の硬化や「す」の入りをふせいでくれるのである。さあ、これで昆布だしがきき、塩の入った湯の中で豆腐は快適そうに揺らぐ。食べて欲しいと踊るのだ。これで万事解決、天下太平、言うことなし・・・と言いたいところだが、クリアしなければならない問題はまだあるのだ。

旨味の成分であるグルタミン酸とイノシン酸の分子の大きさの差である。グルタミン酸(野菜系、昆布味)の分子は、イノシン酸(鰹や動物系の味)の体積率40倍以上も大きいのである。日本人の舌にとっては、一定量のイノシン酸に対して10分の1のグルタミン酸があれば、一番旨いとされている。

日本の伝統的な一番だしの取り方を考えてみよう。60℃近くになったお湯に昆布を入れ、80℃程になってから昆布を取り除き鰹節を入れ、鰹節が沈んだら(90℃)仕上がりである。

これをグルタミン酸を大豆、イノシン酸をゴマに例えるとよくわかる。大豆が一杯に入っている升に、上からゴマをかけて揺すると、ゴマは次第に大豆のすき間に入っていくが、反対にゴマの詰まった升に大豆をのせて、いくら揺すっても、大豆はゴマの中に入っていかない。

端的な例ではあるが、これは事実である。だしを取る順番が、とても大切だということだ。鰹節(イノシン酸)でだしを取ってから、昆布(グルタミン酸)を入れても大して昆布の味は出ないと言うことである。

第四の問題は、湯豆腐につけるタレだ。ケチャップ、マヨネーズはアメリカ人にまかせておくとして、私たち日本人はあくまで醤油をベースにしたタレである。

醤油も温度が非常に重要になってくる。「醤油を煮てはならない」ということだ。テレビなんか見ていると、湯豆腐鍋の真ん中に鰹節の入ったタレが土瓶ごと温められているが、あれは邪道である。

タレの温度が低いほど、つまりタレと湯豆腐の温度差が大きいほど、豆腐にタレがよくしみるのである(塩分1%で浸透圧1とすれば、温度差1℃アルコール度1%は、同じ浸透圧を持っていると言われている)。醤油の旨さは75℃程度で殺菌し発酵機能を停止している「半生」にあるのだ。本当にグツグツ煮るのならともかく、普通は「生」で使うものだ。

私は生醤油にネギ、削り節、しょうがスライス、酒、みりん等を入れて冷蔵庫にしまっておくだけである。絶対にグルタミン酸系のだし(醤油にはグルタミン酸があるが)は入れない。

これで何とか「おいしい湯豆腐」が食べられそうである。時間があるときに、ぜひ試していただきたい。

話が長くなってしまったので、ポイントだけもう一度繰り返しておこう。

  1. 豆腐の氏素性を調べる。
  2. 昆布を選ぶ。
  3. 塩(なるべく天然塩)を少し入れる。
  4. 生の醤油に自分の好きな味をつける。
  5. そして豆腐とタレの温度差をつける。



*ポン酢について


豆腐は柔らかくて、ネットリした味が本物である。たとえユズ、ダイダイ、カボス、スダチといった本物の酸味であっても、チリならばともかく湯豆腐に使うのは邪道である。豆腐そのものが旨くなければ仕方がないが、豆腐の旨味を壊す素である。

豆腐のタンパク質はむき出しで、生卵あるいは牛乳と同じ状態である。固まってしまったら卵焼きにポン酢は合うが、生卵にポン酢を入れご飯にかけて食べられるだろうか。酸味をつけると、豆腐を食べているのかコンニャクを食べているのかわからないと言っても過言ではない。さらに豆腐の場合は「タンパク質は塩と酸で固くなる」という基本という基本にあてはまり、ネットリと柔らかな舌ざわりを失う原因になってしまうのである。


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